南山大学~アントニン・レーモンドについて

2017年07月21日  

 

 
アントニン・レーモンドは、チェコ出身の建築家です。
フランク・ロイド・ライトのもとで学び、帝国ホテル建設の際に来日し、その後日本に留まり、モダニズム建築の作品を多く残し、日本人建築家に大きな影響を与えました。

アントニン・レーモンドは現在のチェコにあるクラドノに、父アロイと母ルジーナの間の1男第3子アントニーン・ライマンとして生まれました。
プラハ工科大学で建築を学び、卒業後の1910年にアメリカへ移住し、カス・ギルバートの下で働き、1916年にアメリカの市民権を得ると共に姓をレーモンドに改姓を行いました。同年妻ノエミの友人の紹介でフランク・ロイド・ライトの事務所に入りました。

1918年、第1次世界大戦が勃発すると、アメリカ軍から徴兵され、一旦はライトの下を離れます。大戦終了後、ライトから帝国ホテル設計のための日本行きを打診され、再びライトの下で働くことになり、1922年独立し、レーモンド事務所を開設へと至りました。
彼は、日本の建築の発展において、多大な影響と功績を残した人物です。
自然と風土に根ざした実用的で美しい建物を作り出した建築家として知られています。
また、日本独自のモダニズム建築を確立した建築家・前川國男や吉村順三から師と仰がれました。
そんな偉大なレーモンドの代表的な作品の1つに、南山大学があります。
レーモンドの妻・ノエミ・レーモンド夫人は家具などのデザイナーであり、当時の優れた芸術家、思想家と親交をもっていました。夫人は、日本の暮らしの中に生きる美、日本独自の伝統的な空間と生活の価値を深く理解していたのです。南山大学における床のパターンや家具の一部はノミエが担当しました。

南山大学校舎構想は、最初に山里の地を訪れ、 尾根に続く細い道を目にした時に決まったようです。
レーモンドは南山大学の建築を通して、自然との調和をはかり、また学問することの理想を実現させたのです。
他に、東京女子大学礼拝堂、国際基督教大学図書館、群馬音楽センター、新発田カソリック教会などレーモンドの代表作は多々あります。
また、レーモンドの創設したレーモンド事務所は彼の意志を継ぎ、さらに優れた建築設計を目指し、邁進を続けています。
レーモンドの創造した素晴らしい建築物のいくつかに、是非行ってみてください。
レーモンドの世界観にきっと引き込まれますよ。



 


 
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